平成25年度 排出クレジットに関する会計・調査研究委員会報告書 要約
FY2013 Committee Report of Accounting and Taxation Issues relating to Emission Credits Summary


■ 趣旨 ■

 2013年11月にワルシャワで開催されたCOP19/CMP9において、各種決定が採択され、地球環境問題への国連での議論は一定の進展があった(ADP作業計画、気候資金、損失と被害、等の主要決定)。2020年以降の新枠組みについて、全締約国は自主決定のcontributionsを示すことになり、これらにより新枠組みを確定するCOP21の準備がなされつつある。
 これらの動きに呼応し、日本政府は、新枠組みの交渉に対応するとともに、2020年新目標、「ACE(美しい星に向けた行動)」を表明した。具体的には、2020年削減目標2005年比3.8%減と、技術革新推進、技術の世界への応用、途上国資金支援、等を明確にした。会期中、JCM(二国間クレジット制度)の署名諸国との会合も開催し、日本の気候変動への取組を訴求したところである。
 こうした状況を背景としつつ、当研究所では、過年度から京都メカニズムの会計・税務問題について調査研究を進め、国内排出クレジットに関する会計・税務問題についても幅広い調査研究を実施してきた。25年度は、これまでに蓄積してきた知見をベースに、従来の議論を踏まえ、会計・税務の観点から、JCM、その他、について調査研究を行い、我が国産業界、さらには日本としての地球温暖化対策の推進に資することを本委員会の趣旨とする。


■ 委員 ■

委員長:黒川 行治慶應義塾大学教授 商学部・大学院商学研究科
会計学専攻 商学博士
委 員:伊藤 眞国士舘大学 経営学部教授 公認会計士
委 員:大串 卓矢株式会社スマートエナジー 代表取締役社長
委 員:髙城 慎一八重洲監査法人 社員 公認会計士
委 員:髙村ゆかり名古屋大学大学院 環境学研究科教授
委 員:武川 丈士森・濱田松本法律事務所 パートナー 弁護士
委 員:村井 秀樹日本大学 商学部教授
(五十音順・敬称略)
(平成26年3月現在)
事務局  
蔵元  進一般財団法人 地球産業文化研究所 専務理事
真野 卓也一般財団法人 地球産業文化研究所 主席研究員
(平成26年3月現在)


■ 第1章 開題 ■

開題(黒川委員長)

1.はじめに-グランド・デザインの重要性-
 東日本大震災から3年が経過した。被災地の復興状況は被災地それぞれの事情によりさまざまであるが,総じていえることは,わが国政府の財政状態からみて,復興財源-国民の負担は有限であり,真に有効な事業に使用しなければならないという理念は共通するものである。人間が造った建造物の物理的耐用年数の長短は3つの要素によって影響されるといわれる。第1は設計の善し悪し,第2は施工が丁寧か,第3が建設後の維持管理の徹底度である。人間の居住地域全体が崩壊した場合には,設計とは都市計画のことになる。
 都市計画自体かなり広域で利害関係者も多く,多様な価値観が交錯することから,熟慮・討議に時間が必要である。復興事業が遅れている場合,その原因が計画段階での遅延だとしても,それは決して無駄な時間の浪費ではない。しばしば超長期の方針策定について,「100年の計」といわれるが,それは誇張ではない。被災地方の位置づけをわが国全体のなかで人口動態を含む地理的,政治的に捉え,将来の日本国のあり方,つまりグランド・デザインと軌を一にする設計が重要ということである。
 平成25年度「排出クレジットに関する会計・税務論点調査研究委員会」の主要なテーマは,「二国間オフセット・クレジット制度(以下「JCM制度」と略)」に関する検討であった。本報告書は,さまざまな報告内容の概要が各章で掲載されており,手前味噌にはなるが,かなり充実した内容となっている。そこで,私の役割である「開題」においては,JCM制度をどのように理解するのかについて,できる限り大所・高所からのおもいつきという見地で記述しよう。

2.JCMプロジェクトの案件-発展途上国のエネルギー対策の支援-
 JCMプロジェクトの案件については,第3章と第4章で報告されている。これまでの取り組み実績を俯瞰すると,発展途上国のエネルギー対策とくに電力供給支援という性質があることに気がつくのである。人類の文明の発展は「文化相対主義」に依拠する私にとって多様であるという前提は維持しつつも,それぞれの文明の進展度とエネルギー消費度との間には高い相関関係があることは疑い得ない。発展途上国の経済・文化の発展のためには,エネルギー消費の増大を賄うためのエネルギー,とくに電力供給の安定的増加が必要条件であろう。JCM制度は,日本国のもつ温室効果ガス削減技術の移転という環境問題の側面のほかに,発展途上国に対する日本国の経済対策支援制度でもあるのではないか。つまり,われわれ市民が政府に対して,「われわれの税金を地球環境問題への対処と発展途上国の経済支援に使用してもらいたい」として委任した公的支出事業の一つなのである。
 政府の役割・公的支出の内容には,公共財の提供と個人に対する利益提供,そして公共的義務の遂行の3つがある。なお,「公共財は,もし全員に提供されないならば,誰にでも提供されない財と定義される。」(注1)第1の公共財の提供について,「各個人はこれらの望ましい条件を維持することに直接な個人的利害をもっており,他者にも役立つやり方で提供されないならば,その望ましい条件を享受できない。だから,公共財の提供の背後にある動機は,集合的自己利益の最小のもの,つまり,個人の利益が集合の利益に収斂したものである。・・・道路,交通規制,郵便制度,技術的な状況に左右される電波の規制,普遍的な識字を保証する教育,公衆衛生の維持,市民法の信頼に足る体系,・・・これらすべて,安全,経済性,社会制度のスムーズな働きに対して大きな効果をもち,社会構成員全員にとっての利益となる系統だった条件を維持するために必要となる妥当な選択肢に含まれる。」(注2)
 第2の政府の役割は,「一人ひとりの個人に一定の利便性を提供することで,個人に利益を与えることを目指した巨大な国家活動である。・・・失業補償,障害者手当,退職年金,子育て支援,保健医療,独り立ちしていない子どもへの援助,食料切符,無料学校給食といった社会サーヴィス,公立大学,学生ローンへの援助,公的財政によって賄われる奨学金,私立研究機関への直接的あるいは間接的(例えば税控除による)財政支援といった,多くの教育支援も含まれる。」(注3)
 第3の政府の役割は,「公共的義務」の遂行である。公共財には,「生活の質に違いをつくる他のさまざまな文化的,社会的,環境的な財もおそらく含まれる」が、「すべての人がこれらの公共財のそれぞれを同程度に「消費する」わけではない。」にもかかわらず,これらの項目も公的支出の重要な構成要素となっている。「私たちは,飢饉,伝染病,環境破壊のような大きな災難の予防または緩和に貢献する何らかの集合的責務を負っており,さらに,おそらくは,芸術(芸術的遺産の保全を含む)のような固有に価値をもつ財を支える責務を負っている。・・・そのような責務は,存在するとすれば,国境を超え,政府によってその市民たちに強制的に課せられるほど十分に強いものかもしれない。これは,その市民にたいしてこれらのものが提供する利益を基礎にするのではなく,市民が支援のためにもつ義務を基礎に深刻な貧困に苛まれている国々への対外援助を提供するため,ならびに芸術を政府が支えるために,人々に課税することを正当化する。」(注4)
 JCMプロジェクトのクレジットの発行・移転の部分は,日本国および国民にとっての公共財の取得のための支出である。温室効果ガス削減のための技術移転は,地球の住人としての環境破壊を防止する公共的義務である。そして,発展途上国に対するエネルギー供給対策支援もまた,先進国に住む市民としての公共的義務なのであろう。

3.外部性と温室効果ガス排出防止対策
 本報告書第2章では,地球温暖化対策を外部性の問題から検討している。重なる部分も若干あるが,JCM制度の背景となる論理を理解するために言及することにしよう。外部性とは,「ある個人または企業が他の個人または企業に影響を及ぼす行動をおこすが,そのことに対して後者がお金を支払ったりまたは支払われなかったりするとき,外部性が生じるといわれる。外部性を規制するために費やされる支出のみならず,生産も適切な水準ではなくなる。負の外部性が存在するということは,社会的限界費用が私的限界費用を上回っていることを意味し,市場均衡はその商品の過剰生産をもたらすことになる。(反対に正の外部性があると過少生産となる。)」(注5)
 外部性は,発生源の事業者と影響を受ける者とをおなじ経済単位の構成員とするような非常に大きな経済単位を形成し,「内部化」することで取引コストを逓減できるかもしれない。また,地球環境を「共有資源」と把握することもできるが,資源の追加消費が他の構成員すべての消費水準に影響を与える点で外部性の問題でもある。共有資源は過大消費を誘発し,資源の枯渇を招くという「共有地の悲劇」が指摘されているが,所有権を適切に割り当てることによって解決できるかもしれない。
 外部性の公的解決策として,罰金と税金,補助金,取引可能許可証,規制,情報開示の強制などが挙げられている。そこで,公共経済学で標準的に議論されている知見を概観しよう。(注6)
 第1の私的限界費用を社会的限界費用に等しくする,あるいは私的限界便益を社会的限界便益に等しくするために計画された罰金(税金)は,「補正税(corrective tax)」または「ピグー税(Pigovian tax)」と呼ばれ,よく知られている。環境汚染のもたらす限界費用に等しい税を課すと私的限界費用によって生じる過剰生産は減少し,効率的な産出量が実現するという効果がある。
 温室効果ガス削減による私的限界便益は,地球規模での影響であって当事者個々には認識されにくいので,非常に小さいであろう。したがって,温室効果ガスの削減はどうしても過少になる。そこで,温室効果ガス削減による社会的限界便益と削減対策の限界費用が一致する点まで,削減量を増加させるためには,事業者の温室効果ガス削減による社会的限界便益と私的限界便益との差額だけの削減対策のための補助金を出すことが求められる。エネルギー(たとえば電力)供給事業に補助金がある場合の最適な電力の産出水準は,社会的限界費用と私的限界費用をともに小さくするので,電力供給量を増加する効果がある。しかし,補助金は,事業者が電力供給事業に伴う温室効果ガスの発生を含む真の社会的費用に直面していない。
 事業者に社会的費用を認識させる手段としては,取引可能許可証(marketable permits)が有効なのである。許可証の市場価格が温室効果ガスを削減するための限界費用を上回るかぎり,事業者は許可証を売ろうとし,また削減の限界費用が許可証の市場価格を上回るときには,事業者は許可証を購入しようとするので,均衡では削減の限界費用が許可証の市場価格に等しくなる水準まで,各事業者は温室効果ガスの排出量を減少しようとする。削減するための限界費用がすべての事業者で等しくなる。
 規制によって温室効果ガスの許容最大量を当事者である地球市民は知ることができる。しかし,温室効果ガス削減の限界費用は事業者ごとに異なっている。また規制は設定された基準よりも発生量をより少なくする(削減量をより大きくする)というインセンティブを,どんなに発生防止(削減)費用が低くとも事業者に与えない。
 情報開示という手段は,政府の高圧的な手段ではなく,一般市民の圧力に注目して,事業者に温室効果ガスの発生量や削減量を開示することだけを義務づける方法である。問題は,科学者と一般市民との間には,リスクに関する認識の不一致があることであろう。「国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」による地球温暖化の影響に関する報告書の内容を,一般市民のどれだけの人々が深刻に受け止めているのであろうか。

4.将来の日本国の有り様・目標という観点
 「津波は災害ではなく自然現象である。」
 気仙沼の「リアス・アーク美術館」で目にした言葉である。環境問題を人類にとっての好ましい環境という観点から考える「環境主義」ではなく,自然の循環過程のなかにある人類という「エコロジー思想」を前提とした言葉であろう。地球温暖化現象は,現世代が享受している人類にとって心地よい環境を破壊する可能性を秘めている現象である。しかし,津波と決定的に異なるのは,その発生原因が自然にあるのではなく人類自体にあることだ。
 前述した負の外部性というキーワードで考えると,現世代を発生源とし,将来世代がその被害(負の外部効果)を受ける関係にある。将来世代は,未だこの世に生まれていないので,発生当事者に対して補償を要求することができない。存在する負の外部性を削減する対策がなかなか進まないのは,負の外部性を被る真の当事者が未だ存在せず,要求することができないからだ。先進国と発展途上国との既得権利をめぐる対立,高緯度地方と低緯度地方の国という地理的関係による異なる利害,重要な国土の標高による影響の違い等による地球市民の協調を妨げる原因が全面に表出しているが,真の被害者はわれわれの子孫・将来の地球の住民なのである。
 日本国に住む将来世代-われわれの子孫たちの国はどのようなものなのか。現世代のわれわれは何を将来世代に残すのかについて,われわれはグランド・デザインを描かねばならない。日本国とそこに暮らす市民たちの経済,政治,文化,国際社会の中での役割等々,社会の有り様について想像し,超長期の目標を持たなければならない。現世代の役割は,この目標に向かって着実に実行していくことにある。JCM制度の位置づけや政策の進展について,日本国と交渉相手国の将来世代,そしてそれらをすべて含む地球市民に対する影響・社会的便益という観点から理解し、評価していきたいものである。

(注) 
 (注1)マーフィ、ネーゲル=伊藤訳[2006] ,50頁。Murphy=Nagel[2002],p.46。
 (注2)マーフィ、ネーゲル=伊藤訳[2006] ,51頁。Murphy=Nagel[2002],pp.46-47。
 (注3)マーフィ、ネーゲル=伊藤訳[2006] ,53頁。Murphy=Nagel[2002],p.48。
 (注4)マーフィ、ネーゲル=伊藤訳[2006] ,89-90頁。Murphy=Nagel[2002],pp.80-81。
 (注5)スティグリッツ=藪下訳[2003] ,270-272頁。
 (注6)スティグリッツ=藪下訳[2003] ,282-294頁。
  
(参考文献)スティグリッツ=藪下訳[2003]:J・E・スティグリッツ著、藪下史郎訳『公共経済学[第2版](上)公共部門・公共支出』東洋経済新報社、2003年。
Murphy=Nagel[2002]:Liam Murphy and Thomas Nagel,”The Myth of Ownership - Taxes and Justice”,Oxford University Press,2002.
マーフィ、ネーゲル=伊藤訳[2006]: L・マーフィ=T・ネーゲル著、伊藤恭彦訳『税と正義』名古屋大学出版会、2006年。


■ 第2章 枠組論 ■

  ・地球温暖化問題に対処する制度的枠組みの種類と京都議定書


■ 第3章 JCM全体状況 ■

  ・JCMの現状と今後
「JCMの現状と今後」(経済産業省)


■ 第4章 JCMケーススタディ他 ■

  ・JCMケーススタディ1
「日本の技術移転と新メカニズムへの期待―CDMの経験を踏まえて―」(三菱UFJモルガン・スタンレー証券)
  ・JCMケーススタディ2
「JCMにおける三井住友銀行の取り組み」(三井住友銀行)
  ・JCMその他
「JCMその他」(事務局<GISPRI>)


■ 第5章 JCM法的論点 ■

  ・法的観点から見たJCM制度設計上の論点


■ 第6章 JCM会計税務論点 ■

  ・JCMに関する会計及び税務上の論点


■ 第7章 クレジット関連その他 ■

  ・決算書における排出権の表示例
「決算書における排出権の表示例」(髙城委員)


■ 第8章 情報提供その他 ■

  ・東京都の取組状況
「世界をリードするスマートエネルギー都市へ ~総量削減義務と排出量取引制度の成果と今後」(東京都)
  ・固定価格買取制度
「再生可能エネルギー電力の固定価格買取制度 主要国の動向」(日本エネルギー経済研究所)
  ・COPサイドイベント
「COP19サイドイベント」(事務局<GISPRI>)
  ・電気料金値上げ等の企業経営への影響
以上

▲先頭へ